日本の野山には、「歩く姿はユリの花」のたとえに使われたように清楚で魅せられる美しいユリが咲いていました。北半球にユリの種類はたくさんありますが、日本のユリの花型や花色をもったユリはありません。
江戸時代後期に医師として来日し、日本のあらゆることを調査しに来た博物学者のシーボルト。彼が1829 年に日本から追放される際に、12種類の日本のユリを持ち帰りましたが、大部分が船旅の途中で腐ってしまったといいます。しかし、1833 年にオランダ(当時。現在はベルギー)にあるゲントの植物園でカノコユリが開花し、「宝石のルビーのように美しい」と絶賛されました。これが世界に日本のユリが紹介された最初です。
シーボルトが持ち帰ったカノコユリ、その後紹介されたササユリやヤマユリなどを見て感動したヨーロッパの人々は、エドワーズ、パクストン等の園芸誌古書にその姿を描いています。
1864年にアメリカでヤマユリx カノコユリの種間交雑がスタート。続いてサクユリ、ササユリ、オトメユリ、ウケユリが交配されていき、最後は1972 年にタモトユリが交配されて、現在のオリエンタルハイブリッドが誕生しました。
日本のユリを元にして数々の品種がつくられ、それらが日本に球根として輸入されて切り花になっています。しかし派手さや豪華さはあっても日本のユリの、楚々とした美しさを失っていることを残念に思い、日本のユリ本来の清楚さのある、魅せられるユリをめざして品種改良に取り組んでいます。
近年は里山の崩壊や鳥獣害の影響で、自然の中でユリの花を見ることが少なくなっています。私たちはユリに関する情報をまとめて発信することで、日本のユリの魅力を知り、ユリに興味を持つ人々が増えることを願っています。


