江戸時代後期に医師として来日し、日本のあらゆることを調査しに来た博物学者のシーボルト。彼が1829 年に日本から追放される際に、12種類の日本のユリを持ち帰りましたが、大部分が船旅の途中で腐ってしまったといいます。しかし、1833 年にオランダ(当時。現在はベルギー)にあるゲントの植物園でカノコユリが開花し、「宝石のルビーのように美しい」と絶賛されました。これが世界に日本のユリが紹介された最初です。

1839年にロンドンで刊行された『パクストンズマガジン・オブ・ボタニー』には、アカカノコユリの絵が掲載されている。銅版画に顔料で手彩色されたもの。

その後、アメリカでヤマユリx カノコユリの種間交雑がスタート。続いてサクユリ、ササユリ、オトメユリ、ウケユリが交配されていき、最後は1972 年にタモトユリが交配されて、現在のオリエンタルハイブリッドが誕生しました。しかし残念なことに、10年ほど前から里山の崩壊や鳥獣害の影響で、自然の中でユリの花を見ることが少なくなっています